発行済み株式数と自己株式の関係を解説
企業が資金調達をする方法として、「株主から直接出資を受ける」か、「将来の返済義務を負う債務として借り入れる」か、の2種類に分けることができます。
株主から直接出資を受ける資金調達の形式を「自己資本」といい、返済義務を伴う借り入れなどの式調達形式を「他人資本」といいます。
自己資本による資金調達は、その会社の株式の発行を伴うのが普通です。
株式を発行して資金を受け入れた時には、現金の増加とともに資本金が増加します。
(例1)
A社は、授権株式数4,000株のうち、1,000株をすでに発行し、1株当たり1万円の払い込みを受けていた。
貸借対照表(単位:円)
-----------------------
現金預金 10,000,000 | 資本金 10,000,000
ここで、授権株式数(authorized shares)とは、株主から取締役会の決議を経れば発行してもよいと授権された株式数のことです。
簡単に言えば、「取締役会の決定で迅速かつ柔軟に発行することが法的に認められた株式数の範囲」ということですね。
この例では、4000株までは、取締役会の決定で新株を発行していいわけです。
定款という、法務局(役所のひとつ)に提出する会社の根本規則集の中に、正式に記載される必要がある重要事項です。
資本金の額は、新株の発行に伴って株主から払い込まれた額を意味するのが基本ですが、会社法の定めで、一部は「資本準備金」という科目名で処理することも可能です。
(例2)
(例1)のA社は、授権株式数4,000株のうち、1,000株をすでに発行し、1株当たり1万円の払い込みを受けていた。なお、全額を資本金とせず、払込額の1/2を資本準備金とし、残額を資本金とした。
貸借対照表(単位:円)
-----------------------
現金預金 10,000,000|資本金 5,000,000
|資本準備金 5,000,000
払い込み額の1/2を資本金としない背景には、いったん資本金の額を定めた後に、それを引き下げることは、資本金が減少する前の資本金額を前提に取引を始めた取引相手が困ったことになるため、かんたんに資本金を減少させることができないという制度的規制があります。
たとえば、資本金10億円だと思って安心して取引を始めたが、後になって、突然、その会社が資本金を5億円に下げたりしたら、取引相手や周りの関係者が、「10億円の資本金から急に5億円に下げるなんて、そりゃ信用力がガクンと落ちて、まずいでしょ!」と考えます。
つまり、将来の減資が簡単にできるようだと、みんな、その会社の資本金情報を信用しなくなり、円滑な商取引その他にとって障害になりえるのですね。
よって、いったん決めた資本金の額は、原則として株主総会の特別決議が必要となり、それなりに大変な手続きを経ないと、下げることはできません。
ならば、最初から資本金を低めにしておいて、差額を資本準備金としておきます。
資本準備金の減額処分等は、資本金の減少よりもやや手続的に楽なことが多いので、そういった事態も予測しておくのですね。
なお、発行済み株式数とは、文字通り会社が発行した株式の総数と考えていいのですが、ここで一点、すなおに割り切れない問題があります。
自己株式の存在ですね。
この問題は、2001年の商法改正が転機となっています。
それ以前は、原則として自己株式の取得が認められなかったことから、仮にどうしても必要があって取得した場合でも、短期的に処分することが予定されていたため、流動資産などとして処理されていたのでした(資産説)。
(取引例3)
A社は、発行済み株式1000株のうち、100株を120万円で取得した。
2001年以前の処理方法を再現する。
(旧商法)
貸借対照表(単位:円)
-----------------------
現金預金 8,800,000|資本金 5,000,000
自己株式 1,200,000|資本準備金 5,000,000
(注)発行済み株式数1000株
しかし、2001年商法改正以降は、自己株式の取得が基本としてOKとなりました。
これにともなって、会計処理も大幅に変わっています。
つまり、自己株式は長期間保有されることもありえるので、これはもはや「株式の発行と反対の取引=資本の払い戻し」という解釈が制度上の基本的な立場と考えられるようになった事を意味します(資本控除説)。
(取引例3)
A社は、発行済み株式1000株のうち、100株を120万円で取得した。
2002年4月以降の現行制度に基づく。
貸借対照表(単位:円)
-----------------------
現金預金 8,800,000 |資本金 5,000,000
|資本準備金 5,000,000
|自己株式 △1,200,000
損益計算書の当期純利益…180万円
(注)発行済み株式数(自己株式含む)1000株
(注)自己株式100株
話を単純化するために、発行済み株式数と自己株式数に期中の変動はないとします。
ここで、A社の発行済み株式数といえば、自己株式を含むならば1000株といえばいいでしょう。
しかし、一株当たり利益情報を計算する場合には、発行済み株式数の意味がちょっと変わってきます。
自己株式は市場に流通していないので、投資家が持っているわけではないです。
一株当たり情報は市場に出回っている株式の一単位当たり利益情報などが株価に影響します。
よって、発行済み株式総数から自己株式を引いた株数=社外に出回っている株式数をもちいて一株当たり利益を計算するのですね。
(A社の一株当たり当期純利益の計算例)
当期純利益180万円÷期中平均株式数900株=2,000円
※期中平均株式数=発行済み株式1000株-自己株式100株
このように、一株当たり利益の計算上は、純利益180万円÷発行済み株式数1000株=1,800円とはせずに、自己株式を除いた(社外発行株数)900株で割って2,000円とするところがポイントです。
自己株式の性質が、現在では「資産説」でなく「資本控除説」であることと合わせて、知っておくと財務分析をより深く理解できますね。
ぜひぜひ、上場企業の決算発表を見るときには、こういった知識も参考にしながら分析してみましょう!
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